YA・SU・KU・NI

やっぱり今日だったね。
個人的な参拝にあれこれ言うつもりはないけれど、一国の総理が正装で公用車乗って
公約通り参拝行ってたんじゃ、個人の精神論って次元の話じゃないねぇ。

だいたい小泉さんの主張は意味がわからない。話として理屈が通っていない。
気持ちの問題と言うなら尚のこと、靖国でなければならない理由はないはずだ。
もっと言えば、そもそも「参拝」という形にこだわる意味が無い。
「精神」の問題であるならば、何時何処であろうと心の中で戦没者に祈りを捧げれば良い。
それを、靖国であろうがなかろうが「特定の場所に参拝」という一種の偶像崇拝行為に
何故こうもこだわらなければならないのか、私にはさっぱり理解できない。

一部の若い人たちの間に広がりつつある変な「愛国主義」も不思議だ。
小泉さんの参拝を喜び軽薄にケータイで写真を撮りまくる姿には非常に違和感を覚える。
「個」が全てとは言わないが、それにしても全く「個」が感じられない彼らの言動を見ていると、
ろくに自分も愛せないのに何が愛国なんだかとぼやきたくなる。
あまつさえ、ごく一部ではあるが「愛国心を主張している俺ってちょっと個性的」と
勘違いしている気配すらあるのには本当に閉口する。
そんなところに個人のアイデンティティを求めるのは筋違いだし、国にとっても迷惑だ。
一個人単位ですら人とうまくコミュニケーションがとれていないのに、
「愛国」という言葉を振りかざして、他国とのコミュニケーションを
やろうともせずに放棄する自らの行為を正当化するのはどうなのか。
そもそもその「愛国主義」は、彼らが忌み嫌う中・韓の「反日主義」と本質的にどう違うというのか。
中韓を擁護したくてこんなこと言うのではないけれど、
よその国のことや愛国心についてあれこれ理屈ごねる前に、まず自分のことをちゃんとしろ。
という私も、こうやって人のこと言ってるんじゃ世話ないな。わはは。


余談だが、1年前の今日、東京ぶらり歩きをしていた私は
骨董市がお目当てで、なんの考えもなく靖国神社に足を向けた。
そして現地に着いてみてから気がついた。
「今日って15日じゃん!!」


てか、そこらじゅう


右翼だらけだし。
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by midori_design | 2006-08-15 13:05 | ツブ焼き | Comments(15)
Commented by ノーム at 2006-08-15 15:37 x
ふむふむ・・。理解できるこの話し。もう半世紀以上も前の話しだが・・精神性を神道に置いて日本国が他国を侵略したのは事実だよね。言葉は容易に「侵略」と言えるけど・・実際には他民族の自由を奪い、従はない人には殺戮をし・・大日本帝国建設の為と国民をだまし戦場にと駆り立てた。本当に独善的な事をした日本です。私の父は89歳になります。
終戦がもう少し長引いていたら、特攻隊として本土決戦の消耗品として
尊い命を落した事でしょう・・(昔から聞かされてました)。今日は61年目の終戦記念日です。日本はやった側、朝鮮、中国、その他南方の国々はやられた国。やられた方から言わせば、たまったものじゃ~無いよね~。年月が経過しても、多大な命を奪った事実は消せません。公約だからと言って・内閣総理大臣と署名をして・。独善的に見えるんですけど。日本国の首相という立場と影響力は、なまらデッカイんでないの?それを、芸能人のごとく、ちやほやしてる国民の皆さん。もう少し考えてください~。話しは変わりますが、一昨日帯広の花火大会に行ってきました。浴衣を着た若者が沢山目に付きました。やまんばに浴衣は似合いません!身の程知らず・プンプン!激怒!
Commented by ご隠居 at 2006-08-15 19:42 x
子曰、過而不改、是謂過矣、
(子の曰く、過ちて改めざる、是れ過ちと謂う)
「過ちをしても改めない、これを(本当の)過ちと謂うのだ。」

子曰、人而無遠慮、必有近憂、
(子の曰く、人にして遠き慮(おもわんばか)り無ければ、必ず近き憂い有り)
「人として遠くまで配慮がないようでは、きっと身近い心配ごとが起こる。」
Commented by くされ女 at 2006-08-16 00:41 x
以前、友人にかの「鳥肌実」のDVDを友人に見せられた折、靖国神社の映像が映し出されていたのですが、ほんと、すごい光景ですね。軍服を来た人がぞろぞろと。行進とかしてた。当の鳥肌実、あの人はなんなんだろう。面白いけど。

>よその国のことや愛国心についてあれこれ理屈ごねる前に、まず自分のことをちゃんとしろ。
いや確かにその通りです。
結局「個」ですよね。
「死にたくない」
「自分の子供だけは死なせたくない」
「愛するひとがどうか無事で」
「友達と会えなくなるなんて」
だから、戦争はイヤだ!
んだんだ国だどうの言ったって、こういうことに尽きると思います。
Commented by ノーム at 2006-08-16 11:02 x
あ!!!!訂正・・家のオヤジ79でした・・・。ごめんなさい・・。
Commented by midori_design at 2006-08-16 15:08
>ノームさん。
あ、びっくりした~。お父様、お若いじゃないですか!笑
うちの父とちょうど同世代なんですね。もう少し戦争が長引いていたら私の父もどうなっていたことか。私も戦時中の話を聞かされて育ちました。
軍に口止めされ毒ガスを運ぶ手伝いをさせられたこと、空襲の惨劇、無数の死体が浮かぶ海、空からの機銃掃射を受け一瞬にして血の海になった列車、爆撃で飛び散る肉や、砕けて建物に突き刺さる人の骨。父からよくそんな話を聞いたものです。子供心に強烈に残りました。
Commented by midori_design at 2006-08-16 15:11
長くなったので、分けて投稿します。珍しく真面目なこと書いてんな、オレ。


日本は真摯に謝罪の意思を顕さなくてはなりません。「過去に何度も謝ったんだからもういいだろう」ということではなく、あくまで国として一貫した姿勢でなければ意味を持たないと思います。しかしそれは決して、必要以上に相手の顔色を伺って金を払い続けたり、ペコペコ頭を下げて謝れというのと同等ではありません。相手が嫌がっているから参拝をやめろと言うのでもありません。

まずそれ以前の問題として、お互いの尊厳を大事にするということ。意地を張ることではなく「筋を通す」ことこそが、侵略された国だけでなく日本の尊厳をも守ることなのではないかと思います。かつて重大な過ちを犯したけれど今は尊敬される国家(例えばドイツのように)であることこそが今後の日本の世界での立ち位置、ひいては国民の自我にとっても重要な意味を持つと思うのです。
Commented by midori_design at 2006-08-16 15:19
「私(の先祖)は国のために一生懸命やった、国の為に尽くした、だから私(の先祖)は悪くない」という言い方をよく聞きますが、それを見ているとなんとなく薬害エイズ事件の安倍氏を思い出してしまいます。
本人達は間違いなく、使命感に燃え良いことを行っていると信じていたのですから、その真剣な姿勢を否定する理由はどこにもありません。確かにその時の彼らは善行を施していると、周囲も多くはそう思っていたのでしょうし、大雑把な言い方をすると、当時の日本の大勢にとってそれらは全て正しい行為と言えたかも知れません。だから先人達を個人個人に責めることは到底できないと思います。
Commented by midori_design at 2006-08-16 15:20
ただ、冷静に(というと語弊がありますが)現在の価値観で過去の事実を省みたとき、あくまで先人らの素の人格とは別に、その行為そのものが果たしてどうだったのか。その点については、被害者・加害者という立場や感情を抜きに考えると、結果は自ずと一方向に見えて来ることでしょう。
ここで、「やれと言われたから仕方ない」「そう教育されたのだから仕方ない」という論点のすり替えはしてはいけないと思います。仕方ないことであろうがなかろうが、その結果行われた行為が良いか悪いかくらいは、はっきりと自覚すべきではないかと思うのです。
お前は経験してないからそんな無責任なことが言えるのだと言われればそれまでですが。
おっと、ちょっとヤスクニのことから話がそれました。
Commented by midori_design at 2006-08-16 15:37
祀られた先祖を敬う方々のこともあるから、ヤスクニの存在そのものは別に否定しないけれど。
だがしかし、暴言かもしれないが、人は死んだからって神にはならない。素晴らしい才能や人柄の持ち主であっても、それは神のように扱われ伝説にはなろうが、「神」そのものではない。それを「神」とするのは故人の生きていた頃の意志(つまり人間だった頃の願い)と、残された者の意志(即ち生身の人間の願望)の結果だ。要はどこまでいっても人間の思想の延長でしかないということ。

個人個人が心の中で先人を神格化するならそれも結構だが、ヤスクニやら参拝やら追悼施設やら、いずれにしても「カタチ」にとらわれるのは何か本質的に違うような気がする。日頃から亡き先人を心に思い祈りを捧げるということだけでは何の不足があるというのだろう。

いけね、書きすぎた。

いやね、早い話、少なくとも日本は法的には政教分離国家なんだから、「国民として首相の参拝を誇りに思う」ってのはちょっと違うだろって気がするんですよ。ええ。笑
Commented by midori_design at 2006-08-16 15:39
あ、忘れてた。
やまんばに浴衣、確かに似合いませんね~。笑
私も許せません。
Commented by midori_design at 2006-08-16 15:45
>ご隠居さま。
いらっしゃいまし。駄文にお付き合いくださいまして恐縮です。
》子の曰く、人にして遠き慮(おもわんばか)り無ければ、必ず近き憂い有り
目先の意地と先見性のない「国家の誇り」に固執する意味が、
私にはさっぱりわかりませんでした。
もうやめるからいいってもんでもないだろ・・・
Commented by midori_design at 2006-08-16 16:08
>くされ女さま。
うひゃひゃひゃ、鳥肌実。ありゃビョ-キですなw
映像を1本、それも5分くらい見たらもう飽きました。笑
うん、そうですね。
確固たる自我も持たず、ろくに足元の定まらない若いモンが戦争に借り出される姿を想像すると、
何故か世界の貧困層の青年・少年達がテロや戦闘に駆り立てられる姿と重なります。
日本はこんなに裕福な国なのにね。
Commented by midori_design at 2006-08-16 16:11
あ、いろいろ好き勝手書きました。すみません。
これは違うぞよ!という歴史的事実やご意見ありましたら
どうぞどうぞ、ご遠慮なく書き込んでください。
議論することにも意味があると思います。
Commented by まきの at 2006-08-17 15:31 x
なんていうか、靖国神社がそこにあろうとなかろうと
どうぞご勝手に、かつ、参拝したい人・神社を維持しつづけて
いきたい人もどうぞご勝手に、だけど、「生前に合祀を望まな
かった人・望まなかったであろうことが推察できる人」について
までいっぱひとからげで合祀したうえ、合祀をはずしてくれ、
という遺族の願いをかなえない態度はどうかと思うよね。

それこそ信教の自由に対する大いなる侵害だと思うんだけど。

そういう傲慢なところがあるから、個人的には靖国神社は嫌いです。
神社仏閣も日本神道も好きだけど、靖国だけは、どうも好きには
なれません。
A級戦犯がどうこうというよりも、「合祀を望まぬ一般合祀者の
取り扱い」について、あの宗教法人は問題があると思いますよ。
あと、やすやすと戦没者名簿を提供しちゃった、当時の厚生省ね。
(あ、当時は更に役所の名前が違ってたんだっけか?今の厚生
労働省ね)
Commented by midori_design at 2006-08-17 19:40
>まきのくん。
おお、ひさしぶり~。
そーそー、そうなんだよね。 宗教上の問題も勿論あるし、
「お国の為に死んだのだから国が祀って当然」という人もいるけど
「国のせいで死んだのに、勝手に祀って欲しくない」という人も当然いるからね。
宗教自体には何のこだわりもないけど、私も神社仏閣大好き。
だけどヤスクニの態度はやはり傲慢に映るよね。
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