一瞬だけ、ブルーな思い出。

ひょんなことがきっかけで、この3月から中学浪人時代の恩師・池上公介先生の主催する勉強会「池上未来塾」に参加させてもらっている。月に一度、北海道の政界から財界、最先端のITビジネスから種々のクリエイティブに至るまで様々な業界の第一線で活躍するゲストを迎えて開催されるこの会は、これまでそのような機会を全く持たなかった私にとって大いに刺激的だ。塾生は30〜40台の若手経営者が中心で、いずれ劣らぬ実力派揃い。偉大な先代社長をお父上に持つサラブレッドも数多く、私にゃ今まで生きてきてこのかた全く縁のないようなケタ数の資産額や事業話がポンポン飛び交うようなミラクル・ワールド(笑)。名古屋ならば確実に破産、稼ぐどころか金を食いつぶすだけの怒濤の四姉妹を抱えた庶民家庭出の私が何故ここにいるのかと、ときたま自分でつっこんでしまいたくなるようなワンダーランド(自分でも何が言いたいのかわかんなくなってきた)。
私が勝手にねえさんと慕っているプロダクトデザイナー・伊藤千織さんは、3月に私が初めて例会に参加したその席でいきなり幹事指名を受けてしまった4月例会の開催にあたり、共同幹事をして頂いた方なのだ。とっても素敵なひとなんだから。




本題に戻す。
先日ホテルでの5月例会の終了後(残念ながら仕事の都合で講義の大半を聞き逃してしまったのだが)、先生を含む数人でメンバーのまきさんが経営するバーにお邪魔することになった。私は普段から日本酒がベースなので「バー」なんておされな場所にはあまり足が向かないのだが、塾生になったばかりだし行ったことのないお店に連れて行ってもらえるということで、喜んでついて行った。

足を踏み入れると、千織さんに聞いていた通りおしゃれで居心地の良い夜景の見えるバー。
うーん素敵。
でもすぐに、私は以前一度だけこのお店に来たことがあるのを思い出した。

もう6年前になるだろうか。
当時座っていたのは、いまみんなで囲んでいる円卓の後ろの席だ。
誘ってくれたのは、中学時代の友人とそのダンナ。
実はその友人の結婚式の時、彼女に頼まれて私が披露宴の司会をやったのだ。すでに入籍から1年ほど経っていたので仲人も立てず、アットホームなパーティーにしたいという友人夫婦の意向からだ。彼女の父親直筆の原稿を受け取り、自分仕様にアレンジして式の当日を迎えた。
ホテルとの打ち合わせはなんと披露宴直前の10分足らずですぐに本番に入ってしまい、ノーギャラだった上に普通に会費を払って出席し、司会だから当然一口たりとも料理を口にできずに終わったわけだが、友人であるが故のアドリブの利いた進行に列席のお客様の評判も上々だったようで、新郎新婦へのご祝儀と思って私なりに満足していた。
しかし、たまにおふざけで「私、あの時ノーギャラだったよねぇ〜」と彼女に言っていたものだから、ついに「結婚式のお礼を兼ねて」と、夫婦で私を招待してこのバーに連れてきてくれたのだ。
ダンナの友人も含め、4人で楽しい夜だった。

しかしその2カ月後、私は彼女からの電話でダンナの死を知らされる事になる。
死因は、自殺。
葬式の混乱に紛れてしまって記憶が定かではないが、これは彼女の兄から聞いた話で、当時私は知らないことになっていたような気がする。
彼の死を知った当初は切ない気持ちで一杯になってしまったが、後にじわじわと怒りがこみ上げたのを記憶している。理由は何にせよ、あまりに自分勝手ではないかと。

無論いまは、亡くなった人に対してそんな怒りの感情はとうの昔に持たなくなっている。
滅多に連絡をとらなくなった彼女も既に再婚し、子供にも恵まれ幸せに暮らしている。
そしてブルーな思い出も、未来塾メンバーとの楽しいビジネス談義に紛れ、一瞬にして私の中を通り過ぎた。実にあっけないほどに。ブルーな思い出によって感傷的になることもなく。

こうやって人は前に行くのだと、少し思った。決して消極的な意味じゃなく。
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by midori_design | 2005-06-07 21:57 | つれづれ時録 | Comments(2)
Commented by いと〜さん at 2005-06-08 11:00 x

とっても素敵な千織さんです(獏)。
先日はおつかれさま〜。一緒に行けなくてごめんねー。
改めて、非おされな場末で一席。
うーんなるほどー。それはちょっとブルーだわ…。
どんな事情にせよ、残された人にとっては自殺は永遠に理不尽なものだし、やりきれない怒りがこみあげてしまうよ、私も。
での本当にそうやって、前に進んでいくものなのだよね。
そして、その度あたまのどこかに残っていく記憶とか経験とかの数が、また自分の何かになっていくのでしょう。きっと。
Commented by midori_design at 2005-06-08 22:48
あっっ、とっても素敵な千織さんだ!(笑)いらっしゃいま・・・・
い、いや、もとい、押忍!! ねえさん、今日もお疲れ様ッス!!
うーん、非おされな場末・・・そそりますね、さっすが千織さん!(笑

家族とかもっと近親者ならばこうはいかないのかもしれませんが、長いこと記憶の片隅に埋もれていた出来事を思い出した時、意外に当時と同じような痛みは感じなくなっていることに気づくものです。場合によってはその思い出の痛みよりむしろ、かつてのような痛みを感じなくなった自分自身にうろたえる人も多いでしょう。
でもそれは、生き物として健全な証拠なのだと思うのです。
それでいい。人の死にあたり自らの生を確信することこそが大事なのだ、と思うわけで。
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