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2011年3月31日の整備記録。

本日はメーターケーブルを交換してもらった。
その際に、M氏が効きの悪くなったフロントブレーキと硬くなったクラッチを応急処置してくれた。
こんなになる前に言えと指摘されました。 いつもすんません。

アメリカンだからってのもあるが、リアブレーキをメインに使っているため
正直に白状すると、フロントブレーキの効きについては自分では大きく支障を感じていなかったのだが、
要は慣れてしまっていたただけのこと。 もっと注意深くなくてはならないね。反省反省。

ガチガチだったクラッチの操作は劇的に軽くなったが、ブレーキにせよクラッチにせよ
応急処置でしかないということなので、再びパーツを注文しなくてはならない。



ちなみに現在オドメーターが示す走行距離は19,424kmだが、
メーターが止まってから400~500kmほど走っているはずなので、実際には
そろそろ20,000kmに届くかな~、位の走行距離になっていると思われる。
実は、あの地震があった日のかれこれ一週間前から、メーターが動かなくなっていたのだったw

その日は客先へ向かう途中でリザーブに入ったので、ガソリンスタンドで給油し、トリップメーターをリセット。
さーて出発!と走り出したら、スピードメーターの針がびたいち動かない。

『おっっっ???』

たまたま次の信号では先頭で停車してしまったが、そんな時に限って私の後ろには白馬の王子(白バイ)。
特に悪いことをしているわけではないのだが、内心 「なんだよ・・・」 と思いつつ(笑)
エンジンの回転音で  「たぶんこれで50キロだと思うけど?」 的な速度を保って走行。

一定の距離を保ち後をつけて来る白馬の王子に別れを告げ (被害妄想。行く方向が同じなだけw) 、
目的地に到着した後、M氏にメーターの件を報告すると 「ケーブル切れてるね」 との返答。
一仕事終えてから早速注文したのだが、その後地震やら何やらで交換がすっかり先延ばしになっていた。

スピードメーターが死んでいたところで、エンジン音と周囲の流れでだいたいわかるから良いんだけども、
走行距離がわからないのは流石に辛いものがある。
何しろ、給油のタイミングが計りにくい。
地震でガソリン不足の時は、都内のガソリンスタンドがどこも営業してなかったり、
営業しているところも尋常じゃない長蛇の列で、ちょっとヒヤヒヤものだった。



まあそんなこんなで、やっと普通に走行できるようになったのは本当にありがたいことだ。
しかし、いい加減リアタイヤも減ってきたし、追加でまたいろいろパーツ頼まないと・・・
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目を疑うような各地の映像、膨大な数の犠牲者・被災者、救助や支援物資の運搬・ライフラインの復旧に当たる人々。
それから、まだ連絡が取れない人もいるであろう犠牲者・被災者の遺族・家族・親族、親しい人たち。
それぞれへの思いや各々にできる支援活動については、既に至るところで語られているので、ここでは語らないことにする。
犠牲者の方々に心からご冥福をお祈りします。


さて、この一週間は都内企業の営業自粛やガソリン不足の影響で、通常業務をしようにも・・・という状態であった。
もっとも、TVやネットで次々に送られてくる映像や情報に意識が行って、集中力も全く無かったわけだが。

つい途切れがちな作業の傍らで何をしていたかと言えば、主に原発に関する情報を集めていた。
現在の福島原発で起こっていること、それに関わる報道、用語や単位の意味、原発に関する基礎知識的な情報、過去の事故との違い、東京における放射線もしくは放射性物質によるリスクの程度、などなど。
極めて専門的な情報やそれを比較的わかりやすく解説したもの、有用と思われる情報以上に、大量に湧き上がる根拠のない素人見解や煽り情報の数々・・・。 その膨大なことといったらない。
私も今更ながら原発について素人勉強をしているわけだが、当然と言えば当然だが理解の追いつかない部分が多く、高校以来の自分の勉強不足を猛烈に反省する羽目になった。


また、政府や東電の記者会見では、記者の質の低さに愕然とした。
多くの一般市民がネットでこれだけ原発の情報を調べているのに、記者ともあろうものが事前に取材対象の勉強はしないのだろうかと、首を傾げてしまう。
会見の場では淡々と取材に徹し、自分の不勉強は恥じて隠しこそすれ、「わかりにくい」「ごまかしだ」と言って切れる神経はこれいかに。 用語がわからなければ持ち帰って調べ、それをわかりやすく正確に書くのが記者の仕事ではないのか。
あげく前の記者と同じ質問を繰り返したり、全く聞く相手の違う質問をぶつけて、正直にわからないと答えられると切れる始末。 見苦しいことこの上ない。 いっそNHKの記者だけにすりゃいいのにと思ったのは私だけだろうか。
民放の番組では、報道する側の人間ですら、放射能と放射線、放射性物質の区別すらろくにせずに番組を放送しているところも多かった。 これでは混乱を招いても仕方あるまい。


言うまでも無いが、私のやっていることも所詮ニワカの馬鹿の付け焼刃。誰もがネットで調べられる範囲のことをちょっと読んでみた程度にすぎない。 もっと勉強しなければならないし、ましてや原発に関する自身の見解など無責任に書ける筈もない。
だが、世の中にはそんなニワカ知識さえも集めずに、数値も根拠もないイメージ垂れ流しの情報がいかに多いことか。
無知無学とは、人が想像している以上に恐ろしいものだ。 原発にせよ何にせよ、決してイメージだけで物事を語ってはいけないと思ったので、強い自戒の意味を込めて記しておく。


それにしても、一連の報道やネットの書き込み、都民のパニック的な購買行動を目の当たりにするにつけ、今回はとにかく情報の重要さというものについて改めて考えざるを得なかった。
今更当たり前のことではあるが、そこで問題になるのは「情報の量」ではない。 大事なのは、沢山の情報の中からより信頼に足るものを正確に抜き出せるかと言う 「情報の取捨選択」 だ。 いくら大量の情報を保持していても、その質と正しい取捨選択が伴わなければいとも簡単に 「情報弱者」 に陥るのだということを、つくづく実感させられた1週間だった。

いまも原発関連作業に当たる人々や現地の方々の苦難は想像を絶するものがあるが、だからこそ大きな被害のなかった東京では、通常の経済活動を行うことで被災地の復興を支えるべきではないかと感じる。
根拠もなく楽観視するつもりはないが、都内に関しては無闇に悲観する理由も見当たらない。引き続き情報を追って行こうと思う。


もしかしたら、私の身を案じてここを見に来て下さっている方もいるかも知れません。
ありがとう、私は相変わらず元気です。
東京でいつもとさほど変わらぬ生活をしています。

トイレットペーパーが地震の前から最後のひと巻きだということ以外は。


尻の危機だよ たのむから都内で買占めとかホントやめてくれ・・・ orz
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